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空の彼方 [- 翼なき 空の彼方 -]



DRAGON QUEST 9

 * 空の彼方 *




 自分で決めたことなんだ。
 天使であることを捨て、人間になるって。
 だから、後悔なんてしていない。

 「……後悔、してないよ」
 僕が笑顔を作って見せると、サンディは悲しそうな目で僕を見つめた。
 「私たち、もうすぐお別れだね」
 「うん……ありがとう、サンディ」
 サンディとアギロの姿が霞んできた。もうすぐ人間になる僕には、見えなくなってしまう。
 「元気でね」
 「うん、サンディも元気で」
 天高く汽笛を響かせながら、サンディとアギロを乗せた天の箱舟は、空へと消えていった。
 青く輝く木の下で、僕はそれをいつまでも見送った。
 見えなくなってしまった箱舟、そして、ずっと一緒に居てくれたサンディ。
 僕の大切な故郷。
 星になった天使たち。
 でも、僕は一人、地上に残った。

 後悔はしてないけれど、すごく寂しいよ……。


 * * * * *


 「お帰りなさい!」
 セントシュタインの宿屋へ戻ると、いつもどおりの笑顔でリッカが出迎えてくれた。
 「今日は、泊まっていくよ」
 「あら、お客様で来てくれたの?」
 共に戦ってきた仲間たちと、ようやくゆっくり休むことが出来る。
 僕は、仲間たちと祝杯を交わして、ほんのひと時だけど、寂しさを紛らわす事が出来た。
 でも、彼らは女神セレシアの力によって、僕と共に神の世界で戦った記憶は失われている。人は、決して天使界、神の世界と交わることは出来ないのだから。
 楽しい宴も終わり、彼らはそれぞれの部屋へ戻って行った。僕は一人、宿屋の外へ出て、すぐ横にある石段に座り、夜空を見上げた。静まり返ったセントシュタインの街から、美しく輝く星々が見える。あの星に、僕はなれなかった。
 「どうしたの?」
 「リッカ……」
 「星?」
 リッカは、僕と同じように夜空を見上げた。
 「うん、きれいだろ?」
 「そうだね、すごくきれい」
 「僕も……星になりたかったな……」
 「え?」
 「ほら、あんなに輝いてる」
 僕が指差した方向に、リッカも視線を移した。ラフェット様が言っていたように、きっとあの輝きの強い星は、僕の師、イザヤール様なのかもしれない。
 「どうして……そんなに悲しそうなの?」
 「え?」
 リッカが突然言うので、僕は驚いてリッカに視線を向けた。
 「帰ってきた時から、なんだか元気が無かったら気になってたんだ。みんなに聞いても、分からないって言うし」
 僕は思わず、苦笑をもらした。
 「そっか……元気無いように見えた?」
 「うん」
 「そっ……か……」
 「……何かあったの?」
 リッカが心配そうに訊ねてきた。僕は苦笑を浮かべながら、あふれ出そうな涙を堪えた。
 「あ、そうそう。この前、おじいちゃんが泊まりに来てくれたの」
 そんな僕の様子を悟ってか、リッカは違う話を切り出した。
 「おじいちゃん、うちの宿屋を見て、村に帰ったらニードを徹底的に仕込むって言ってた」
 「そっか……」
 「おじいちゃんから聞いたけど、旅の途中で立ち寄って、おじいちゃんの様子を見に行ってくれたんだって?」
 「ああ……うん、お世話になったし、村の様子も気になるからね」
 僕は元々、ウォルロ村の守護天使だ。あの村は、天使じゃなくなった今でも大切な場所だ。
 「故郷に帰れたって聞いたけど、どうだった?」
 リッカに訊ねられて、僕は寂しさを抑えられなくなっていた。
 「うん……帰れたんだけど……もう僕の故郷は無くなってしまったんだ」
 「え……?」
 「僕を育ててくれた大切な人も、友達も、みんな……あの星になってしまったんだ」
 僕が星空を見上げると、リッカも同じように星空を見上げた。
 「僕を……僕だけを残して、みんな星になってしまったんだ……」
 あの日のことを、人々は「星ふぶき」と言うようになった。でも僕は、天に昇った星の数だけ、僕のことを知っている天使たちと別れることになった。そして、旅を共にしてきたサンディとも……。
 「僕も……星になりたかったよ」
 リッカの肩が震えているのに気づいて、僕は彼女に視線を移した。
 「リッカ……?」
 リッカは、両手で必死に目をこすっていた。
 「泣いてるの?」
 「だって……ただ元気ないなって思って……私、知らなかったから……そんなことがあったなんて……」
 「ごめん、こんなこと話すつもりじゃなかったんだ……」
 「もうっ……どうして謝るの?」
 「ごめ……あ、いや……その……」
 どうしよう……リッカを泣かせるつもりなんてなかったのに……。
 「そうやって、ずっと一人で寂しさを抱えてるつもりだったの?」
 「うん……そうするしかなかったから」
 「……い……だから……」
 「え?」
 「お願い……だから……星になりたかったなんて、言わないで……」
 「リッカ……」
 「私は、いつも待ってる。毎日、帰ってくるの待ってるんだよ?」
 僕に与えられた答えは、ひとつしかなかった。僕は、天使の理の無い人間になり、この世界を守りたかった。その代償は、僕にとっては大きな悲しみだったけれど、こうやって人々を守ることが出来た。今、僕の隣に居るリッカだって、守りたかった人の一人だ。だから、後悔なんてしていない。
 「ありがとう、リッカ」
 僕は、そっとリッカの手を握った。
 「もう、言わないよ」
 「本当に?」
 「うん。だって、僕には守るべき人がいる。守るべき場所がある。全てを失ったわけじゃ……ない」
 涙で潤んだリッカの瞳は、まっすぐに僕を見つめ返した。
 「でも、寂しいとか、辛いとか……そういうの、全部一人で抱え込まないでね?」
 「うん、分かったよ」
 「絶対に、帰ってきてね?」
 「うん、大丈夫」
 「セントシュタインの街の人は、みんなあなたに感謝してるんだから」
 「……ありがとう」

 そうだよ、あんたは、みぃーんなに感謝されてるんだから。
 ちょっとは自覚しなさいよ?

 「え?」
 サンディ?
 「どうしたの?」
 「あ、ううん。なんでもない。宿に戻ろう、体が冷えるよ」
 空耳、かな。
 もう、僕には見えないし、声なんて聞こえるわけないのに……。
 でも、どうしてかな。
 ずっと、近くに居るような気がしてしまうのは……。



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